途上国の教育におけるジェンダー平等の推進 (#116−117)
今回は、教育開発部の宮原光さんに、途上国の教育におけるジェンダーについてお話を伺いました。
宮原さんは、カリキュラム・教科書・教材開発、就学支援、参加型学校運営、インクルーシブ教育、援助協調など、幅広い分野で教育協力に関わってこられました。ミャンマーやパプアニューギニアをはじめ多くの国での経験をお持ちです。JICAや国際機関の案件に従事する他、NGO職員、JICA企画調査員、大学講師などさまざまな立場で途上国の教育改善に取り組まれてきた教育協力のプロフェッショナルです。
今回の対談では、
・途上国における教育の男女格差の現状とその背景
・教育協力で行われてきたジェンダー平等の取り組み
・実際のプロジェクトから見える成功と葛藤
・これからのジェンダー主流化に必要なこと
など、実践に基づく示唆を伺いました。
教育の男女格差は縮まっているが、単純ではない
世界の識字人口は約7億7,500万人。そのうち63%を女性が占めています。一見すると格差が残っているように見えますが、若い世代では男女差が縮小しつつあり、この20-30年間の女子教育推進が確かな成果を上げてきました。
しかし、数字の均衡は“見かけ上”のものでもあります。
- サブサハラアフリカや南アジアの一部では依然として深刻な女子教育の制約が残る
- 男子が早くから働きに出る地域では男子の中等教育進学率が伸び悩む
このように、国や地域によって状況は大きく異なり、単純な男女比較では語れない複雑さがあります。

背景にあるジェンダー規範と固定観念
男女格差の根底には、社会に深く根付いたジェンダー規範が存在しています。
宮原さんはこう語ります。
「男性は外で働き、女性は家庭を支える――その固定観念が教育の意思決定に影響していると思います」
教育が「良い仕事につながる」と親が考えれば子どもを学校に通わせます。しかし、
- 女の子に家事を期待する
- 男の子は仕事に出るべき、という文化的圧力
- 教育に投資する余裕がない家庭
などがあると、教育機会が狭められます。
そしてこれは、日本も例外ではありません。
日本では男女の初等中等教育の就学率に差はほぼありませんが、
「理系は男性のもの」というステレオタイプが依然として進路選択に影響しており、女子の理系進学率が低い要因になっています。
教育協力におけるジェンダー平等の取り組み
これまで途上国で実施されてきた教育分野のジェンダー平等の取り組みには、多様なアプローチがあります。
◆ 女子の教育アクセス改善のため直接的に支援するアプローチ
- 啓発活動
- 奨学金
◆ 学校環境そのものを改善するアプローチ
- トイレの男女別化
- 教科書のステレオタイプ表現の見直し
- 参加型学校運営にジェンダー視点を組み込む
- 教員研修の中にジェンダー意識を取り入れる
- 安全な通学環境整備(通学路・スクールバスなど)
日本の協力でも、識字教育やノンフォーマル教育で女子の教育機会拡大に成果を上げてきました。近年は 「ジェンダー主流化」 が推進され、教師教育や学校改善プロジェクトにもジェンダー視点を組み込む動きが広がっています。
成功事例だけでなく、現場に潜む“静かな格差”も見える
ジェンダーの視点を持つことで、課題の見え方が変わることもあります。
- ドロップアウトに男女差がある
- 女子の学力が特定の教育段階で落ち込む背景に、教師や保護者の無意識のバイアスがある
宮原さんは、
「大切なのは、学校に行けるようにする、というだけでなく、何をどう学ぶかというところまで、先生がたをはじめ、家庭や地域を含めて、子どもの学びに関わるすべての人が自分たちのジェンダーのバイアスに気づいて、“男女にかかわらず自分らしく学べる”ように支えていくことです」
と強調します。
ミャンマーでの教材開発に見る、現実と理想のあいだ
宮原さんの印象に残っている例の一つが、ミャンマーで行われた教科書・教材開発です。
教科書開発のプロジェクトでは、現地の執筆者の方々を対象にインクルーシブ教育ワークショップや教育におけるジェンダーの研修を行い、日本の教科書会社の方々の助言を受けつつ作り上げていきました。その後の教材開発では、教科書の学習目標に資するよう作成したドラフトをさまざまなバックグラウンドや状況の子たちのことを考えて修正し、国際機関のスタッフの方の意向に沿って最終化しました。
その過程では葛藤も…。
- 伝統文化を扱う際、性別役割のステレオタイプが表れてしまう
- 現実を度外視した内容になると、別の違和感が生まれる
宮原さんは次のように語ります。
「子ども達が今生きている社会と、子どもたちに作っていってほしい社会。その両方に向き合う教育になっているか、という視点を持てると良いのかなと思います」
これからのジェンダー平等に必要なこと
今後のジェンダー推進の鍵は、
教育の視点とジェンダーの視点を融合すること にあります。
教育関係者はジェンダーを追加的なタスクととらえることがあり、
ジェンダー専門家は教育を女性のエンパワメントを促進するための有用なツールととらえます。
宮原さんはこう言います。
「教育におけるジェンダー主流化をほんとうに実現しようと思ったら、教育をより良くすることの一環としてのジェンダー、男性も女性も自分らしく生きることができる社会を形作る力を身に着ける教育、というふうにとらえていく必要があるのではないかと思います」
国際機関の具体的アプローチ:GAP(ジェンダーアクションプラン)
アジア開発銀行(ADB)などでは教育プログラムに融資する際、
ジェンダー平等に向けた活動をまとめた GAP(Gender Action Plan) を策定しています。
- 試験問題におけるステレオタイプの排除
- GAPの実施に必要な人員・予算の手当てなど、実行可能な仕組みの構築
といった“実効性ある仕組み”が求められており、「配慮します」という抽象的な約束では通用しないので、現実的な計画の作成につながりやすくなります。
最後に:ジェンダーとは“誰かが損をする話”ではない
インタビューの最後に宮原さんが語った言葉が印象的でした。
「ジェンダーという言葉をよく聞くようになりましたが、かけ声や流行りものではなく、誰かが我慢したり、負担を増やしたりするものでもなく、ひとりひとりが自分をどう見ているか、他の人をどう見ているかを振り返って、自分が自由になって、他の人のあり方も尊重できるようになって、これができたらみんなにとっていいよね、ということを実感して取り組めるしくみを作っていけるかどうか、というのが鍵になってくると思います。」
教育におけるジェンダー平等とは、
女子だけ、男子だけのためのものではなく、すべての子どもに関わる課題。
途上国でも日本でも、
“自分らしく学び、自分らしく生きられる社会”をつくるための視点として、これからますます重要になっていくテーマだと深く感じさせられる対談でした。
記事作成者:宇野耕平



