解説:大橋悠紀(コンサルタント)
京都府立大学卒、サセックス大学大学院修了
第4回目の内容に引き続き、今回は、標記ウェビナーの第5回(最終回)「卒業試験/入試」(6月29日開催)の内容をお伝えします。4名のパネリストによる発表の要点は以下の通りです。
参照:
UNESCO | Joint UNESCO-UNICEF-World Bank webinar series on the reopening of schools
1. 卒業試験/入試の世界的状況 – 調査結果より –
ユネスコ 教育政策分野チーフ Mr. Gwand-Chol Chang
- ユネスコ・世界銀行・ユニセフは、5月~6月初旬にかけて各国の教育における対応について調査を実施した。(118ヵ国回答)
- この調査によると、遠隔で学習評価をするために取られた主な3つの対策は①オンライン学習プラットフォーム、②電話、③紙ベース/自宅に持ち帰った教材、であった。
- 比較的高度なテクノロジーを要するオンラインプラットフォームを用いての学習評価は、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ・カリブ地域、オセアニアで行われていた。アフリカ地域(28ヵ国)のみオンラインプラットフォームによる評価を行っておらず、各家庭に学習教材を送付するなどして対応していた。
- 調査対象国では、初等教育修了(63%)、中等教育修了(86%)、大学入試(74%)の段階で試験を行っている。
- 卒業試験/入試の扱いについて、どの教育段階でも「延期/日程変更」が最も多かった。しかし、中等教育段階では、他の教育段階と比べて予定通りに試験を実施しようとする国が多かった(学年や時期を交互にして実施、カリキュラム内容を減らして実施など含む)。
- 他の教育段階に比べ、初等教育段階では、試験を中止した国が最も多く、オンラインでの試験実施は最も少なかった。高等教育段階では、オンラインでの試験実施が最も多かった。教育段階が上がるほど、オンラインでの試験や評価等、代替手段を用いる割合が増えることが分かる。
2. 試験の中止とその対応策 – イギリスの事例 –
オックスフォード大学教育評価センター副所長 Professor Joshua McGrane
- 2020年3月、イギリスで今夏(5~6月)に予定していた中等教育段階の試験の中止が発表された。中止された試験は、GCSE(中等教育修了一般資格、高校卒業試験に相当)、GCE-AS/Aレベル(大学入学試験に相当)等である。試験中止により、約20万人のASレベルの生徒が影響を受けた。(イギリスではイングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドと地域ごとに教育システムや資格を認証・規制する機関が異なるが、GCSEとAレベルについては、だいたい同じような対応をしている。)
- イングランドの事例では、Aレベルの試験が中止されたことにより、試験実施機関は全学校から提出されたCentre Assessment Grade : CAG(生徒の学習記録等をもとに、もし生徒がAレベルの試験を受験し、試験以外の課題も完了していたら達成したと考えられる成績のこと)等を基に、Ofqual(イングランドの資格認証・規制機関)が開発したモデルを用いて標準化し、最終成績を計算・確定することとなった。
- しかし、上記の代替措置では、ホームスクーリング(学校に通学せず、家庭で学習を行う教育形態)の生徒等は対応できない。また、CAGの判定にあたり、成績予測に関する教員経験の多寡、バイアスのかかった評価(性別や民族、障害の有無等)などの問題も指摘されている。
- イングランドでは、今夏の試験を受験予定だった全ての生徒に対し、秋(9~11月)に試験を計画中。予測された最終成績に納得がいかない生徒は、誰でも受けることができ、大学入学を1年遅らせることができる。また、今夏に試験を予定していた全ての生徒は、翌2021年夏の試験を受ける資格も与えられる(大学入学は1年後)。
参照:
(独)大学改革支援・学位授与機構 | イギリスの大学入学資格「GCE Aレベル」試験が中止に:新型コロナウイルス対策
(独)大学改革支援・学位授与機構 | 高等教育・質保証システムの概要 英国 第3版(2020)
Ofqual | Summer 2020 grades for GCSE, AS and A level, Extended Project Qualification and Advanced Extension Award in maths
3. エクアドルの事例
国家高等教育科学技術庁(SENESCYT)副大臣 Mr. Aldo Maino
- 公立の高等教育は完全無償であり、全ての高等教育機関に約75万人の学生が在学している。
- エクアドルでは、ポータブルコンピュータ(ラップトップもしくはタブレット)を持つ家庭の割合が24%、デスクトップコンピュータを持つ家庭が24%、インターネットアクセスがある家庭は37%である。人口の59%がスマートフォンを持っており、そのうち78%が16~24歳である。
- 教育における新型コロナウイルス対策として、SENESCYTは、技術研究所等でのIT環境の拡充、教員のオンライン研修、オンラインで学習成果を測定するためのカリキュラム修正等を行った。2020年6月から、オンラインでの大学入試が開始された。
- 高等教育における一時的な措置として、①授業はオンライン、もしくはブレンド型(対面とオンライン授業の併用)、②2020年度は授業料その他経費の値上げを行わない、③学年暦を最大25%まで延長可、④教授時間は最大25%まで延長可、という4つの規定を設けた。
- 新しい大学入試の導入に取り組んでおり、試験時間の短縮(2時間半→1時間半)、対面とオンライン試験の併用、受験要件の緩和(高校卒業資格が義務→持っていることが望ましい)、などの導入を検討中。
4. オンライン試験への移行 – サウジアラビアの事例 –
教育・訓練評価委員会(ETEC)所長 Dr. Husam Zaman
- 教育・訓練評価委員会(ETEC)は、教育システム全体における質保証、試験・評価を担当する独立機関である。
- 試験をオンラインに移行するにあたり、適切なプラットフォームを選ぶために12個の技術的・教育的基準を設定して判断した。最終的に、ラップトップもしくはデスクトップコンピュータを用いて、ログイン/アウト時と、テストをサーバーにアップロードする時のみインターネットアクセスを必要とし、試験中はインターネットアクセスを必要としないプラットフォームを使用することを決定した。
- 大学入試をオンライン化するにあたり、実施側は①機器とインフラ、②試験監督者、③登録と確認、④試験設計に関する準備を行う必要がある。受験者は①試験内容の学習、②操作技術の習得、の準備が必要。
- ETECは、ビデオや視覚資料、オンラインや電話での技術的サポートなどを提供している。また、全ての生徒に実際の試験前に模擬試験の受験を義務化しており、技術面での困難がないかを確認している。
- オンライン試験への公平なアクセスを担保するため、受験場所は自宅もしくはETECが準備した試験センターのどちらかを選択でき、受験の際は、最低限の操作技術しか必要としないよう工夫されている。
- オンライン試験でのカンニングや替え玉受験防止対策として、いくつかのステップを経るようになっている。受験時、最初に受験者登録とID提出、ライブカメラでの写真撮影を行う。試験開始までには、注意事項や指示についてのビデオを視聴しなければならず、その最中にも、コンピューターアプリケーションが受験者の写真撮影を行う。試験終了時には、試験中に受験生がとった全ての行動についてレポートされる仕組みになっている。
- 身体障害を持つがコンピューター操作ができる生徒は、適切な環境が整えられた全国の試験センターで受験可能であるが、視覚障害やその他障害を持つ生徒への対応はこれからである。
論考
今回のウェビナーでは新型コロナウイルス禍における試験の扱いについて紹介されました。特に中等教育修了や高等教育段階における試験は、いわゆる”High-stakes test”と呼ばれる受験生をはじめ関係者に大きな利害や影響をもたらすテストであり、高校卒業や大学入学、奨学金、就職先などの決定に関わるため、簡単に中止や延期を行うことが出来ず、何らかの代替措置を取る場合が多いと思われます。代替措置を講じる場合でも、どのように試験や評価の公平性や透明性、有効性を担保して実施するのかという点が大きな課題のようです。
教育段階が上がるほど、オンラインでの試験実施が多くなるようですが、サウジアラビアの例のように、どこの国でもICT機器や技術、テストセンターを準備出来るわけではありません。実際、冒頭でユニセフが公表した調査結果でも、アフリカ諸国ではオンライン試験での対応はされていませんでした。また、職業訓練校のように、実技や実習等を伴う評価が必要な場合、オンライン試験やレポート提出などだけで対応することは難しいでしょう。
今回紹介された国の対応は一例にすぎず、国によって対応は様々です。インドの一部の州のように、試験を実施せずに全ての児童・生徒を自動進級させると決めた国(地域)もあります。また、年度末の11月まで初等・中等教育課程の学校の休校を決定したケニアでは、今年度に受けた教育は失われたものとみなし、全員の留年を決定しました。いずれにせよ、状況に応じて可能な限り公平な手段で学習成果を適切に測ることが重要ですが、予測成績の利用やレポート提出、オンライン試験のみで評価し続けることは無理があることからも、やはり学校が再開される意味は大きいと思います。今回の新型コロナウイルス対応を機に、従来の評価・試験システムから、より効率的・効果的にできるところは改善しつつも、学校や対面で評価すべきところは徐々に戻していくことが望まれます。
参照 :
UNESCO | Exams and assessments in COVID-19 crisis: fairness at the centre
World Bank | High-stakes school exams during COVID-19 (Coronavirus): What is the best approach?
UNESCO | COVID-19 A glance of national coping strategies on high-stakes examinations and assessments
時事通信社 | ケニア、全生徒が留年に=教育相「20年度は消失」