解説:大橋悠紀(コンサルタント)
京都府立大学卒、サセックス大学大学院修了
第5回目の内容に引き続き、標記ウェビナーの続編、第6回「最新のエビデンス」(8月27日開催)の内容をお伝えします。5名のパネリストによる発表の要点は以下の通りです。
参照:
UNESCO | Joint UNESCO-UNICEF-World Bank webinar series on the reopening of schools
1. 子どもたちの新型コロナウイルス感染事例の傾向 – 学校での公衆衛生対策–
世界保健機関シニアオフィサー Mr. Abdi Rahman Mahamud
- 現時点では限られた証拠であるものの、若年者は他の世代に比べ、新型コロナウイルス感染拡大に果たす役割は小さいとみられる。
- 全世界の人口のうち、18歳以下は約29%を占めるにも関わらず、若年者の感染事例は全世界の8%、死亡例は0.8%である(8/18時点)。報告される感染者数が低い理由は、若年者の方が大人に比べて症状が軽い、もしくは無症状であることが多いなどが考えられる。
- 国全体として厳しい新型コロナ対策を取らなかったスウェーデンでは、3/17より高校と大学を休校にしたものの、保育所、幼稚園、小学校、中学校は授業を継続した。一方、隣国のフィンランドでは3/18から全ての学校を閉鎖した(5/13再開)。両国は学校閉鎖に関して異なる措置を取ったものの、1~19歳までの感染者数を比べると、際立った差が無いことが判明した。
- アフリカでは南アフリカが最も感染者数が多いが、年齢が若くなるほど累計感染者数が少ない。
- これら各国の事例より、国の所得水準に関係なく、若年者ほど新型コロナウイルスに感染しにくいことが分かる。
- 学校での感染拡大を防ぐため、散発的に発生する感染事例は即時に確認し、感染者は他の生徒から切り離すことが重要。
2. 各国はどのように学習の喪失に向き合えば良いのか?
ユネスコ統計局 部長 Mr. Silvia Montoya
- 第2回ユネスコ・ユニセフ・世界銀行の共同調査(以下、第2回調査)によると、ほとんどの国が、就学前~高校まで今年度もしくは来年度に学校を再開する計画である。
- 小~高校において、学年度が既に終了した国では平均54日間、学年度が現在も継続している国では平均65日間の授業時間が失われた。(第2回調査)
- 学校再開にあたり各国がとっている対策は(第2回調査。数値は随時更新)、
①遠隔教育と対面授業の併用(約54%)、②学校内・教室内の物理的位置の調整(約52%)、③登校のローテーション(例:生徒が異なる曜日に登校する)(約40%)、④特定の学年・レベルの児童・生徒から学校再開(約38%)、⑤シフト制(例:生徒を午前と午後のシフトに分けて登校させる)(約29%)、⑥その他(約30%)である。 - 失った授業時間への対策については、対応なし(38.14%)、現在の学年度を延長(21.65%)、来年度の授業日数を調整(20.72%)となっている。(第2回調査)
- 休校中の教育の提供手段は、多い順に①オンライン遠隔教育、②テレビ、③紙、④ラジオと続く。(第1回ユネスコ・ユニセフ・世銀共同調査結果(4-6月、122ヵ国回答):以下、第1回調査結果)
- 休校中の教員へのサポートについては、多い順に①遠隔教育に関するガイドラインを提供、②遠隔教育に合わせて教授内容の変更、③研修の提供となっている。(第2回調査)
- 休校による学習の喪失に対しては、68%の国が回復措置(回復プログラム、加速学習プログラム、授業時間の増加)を実施すると回答。(第1回目調査結果)
- もし、全ての国が学習時間の喪失に対し回復措置を行ったならば、中学卒業時に最低限必要とされる習熟度(読解力)を達成する子どもの割合は、コロナパンデミック前の予想値に2025年に追いつくとみられる。
- こうした回復措置は、低学年や学習から排除されるリスクのある子どもたちなどに特に焦点を当てるべきである。
- 休校中の学習成果の記録方法については、①学校で開発した学習マネジメントシステム/その他(各約22%)、②紙ベース(約16%)、③民間が開発した学習マネジメントシステム/Excel・スプレッドシートの使用(各約11%)。(第2回調査。数値は随時更新)
3. 学校再開計画におけるインクルージョン/弱者配慮
ユニセフ 教育シニアアドバイザー Mr. Nicolas Reuge
- 世界157ヵ国のうち、すでに学校を再開した国が63ヵ国、再開日を決定した国が55ヵ国、再開日を未だ決定していない国が39ヵ国となっている(8/27現在)。
- 90%以上の教育担当省が、教育プログラムの配信等を行っている一方、31%の子どもたちが彼らのニーズを満たすための家庭での教育資源や方策がないことが主な理由で、遠隔教育の恩恵を受けられていない。
- 学校再開にあたり、74%の国が脆弱な立場に置かれた子どもたちに配慮した何らかの措置を取っている。(回答数90ヵ国)最も多いものが障害のある子どもへの学習教材・サービスの提供(50%)で、次に退学しそうなグループを対象とした「学校復帰キャンペーン」の実施(47%)と続く。
- 女子への配慮という観点では、50%以上の国が学校再開計画の中に女子に焦点を当てた政策を盛り込んでいる。(回答数90ヵ国)最も多いものが女子を対象とした学校復帰キャンペーン(36%)、衛生設備の改善・分離(31%)と続く。
- 多くの国が女子や不就学児など脆弱な立場に置かれた子どもたちを対象とした取組を行っている一方で、31%の国がこの分野に関してほとんど何も対策を行っていない/進歩がないと回答している。(回答数109ヵ国)
4. より良い状態で学校を再開する – ベトナムの事例 –
ベトナム国家教育科学機関 次長 Mr. Le Anh Vinh
- ベトナムでは2月上旬から学校閉鎖、5月中旬に再開。通常5月末に学年度が終了するが、休校の影響で7/15まで学年度を延長。9/5に新学年度開始予定。
- 国内の80%の生徒がインターネットや関連機器にアクセスできるため、休校中に遠隔教育の恩恵を受けることが出来るが、地方に住む子どもや少数民族の子どもはインターネットや機器がないため、テレビ で教育プログラムを提供した。
- 学校再開にあたり、カリキュラム内容の削減と生徒の自主学習能力の強化、子どもの心身の健康に対する配慮、学習についていけない子どもへの学習支援や相談、教員のオンライン教育能力強化(評価含む)を実施。
- 教育・訓練省では、新型コロナ禍であっても生徒にとって特に重要な高校卒業試験(兼大学入試)を実施した。感染対策を取った上で実施し、新型コロナに感染したために受験できなかった生徒には、再試験の権利を与えた。
- 新型コロナをきっかけとして、オンライン学習促進のための多方面との協力や投資の促進、国内のデジタルリテラシ―向上など、肯定的な影響もみられた。
5. デンマークの事例
デンマーク学校協会 政策コンサルタント Mr. Jannick Mortensen
- デンマークの学校は3/16から休校になったが、4/15から保育所・幼稚園より再開、5/18には全ての教育段階の学校が再開した(分散登校含む)。
- 学校再開に向け、教育省・保健省・市や学校・教員の代表など重要な関係者たちとの連携を強化した。関係者間でのコミュニケーション・協働・素早い決断を推進するため、3月中は毎朝15分間オンラインミーティングを行い、情報や知識の共有、調整を行った。
- ネットインフラの整備や教員同士の連携等、教員への支援が重要。また校長に対しては、生徒・保護者と頻繁にコミュニケーションを取り、情報共有をするよう促した。
論考
ピーク時には194ヵ国で休校措置が取られていましたが、現在、多くの国で学校が再開されています(9/1現在、全校休校措置をとる国は101ヵ国)。今回のウェビナーで提示された重要な課題は①教育の公平性、②休校による学習喪失をどう埋め合わせるか、の2点だと思います。
まず、①教育の公平性について、多くの国がインターネット、テレビ、ラジオ、場合によっては紙など、複数のプラットフォームで教育を提供してきましたが、全ての子どもたちがそれらのリソースにアクセスできているわけではありません。
インターネットに関しては、今年6月に発表された国連のレポート(英語)によると、世界人口の93%が物理的にインターネットサービスにアクセスできる環境にいるものの、実際に使用できている人は53%、特に開発が遅れている後発開発途上国(47ヵ国)では人口の19%しかアクセスできていないと報告されています。
インターネットを通じた学習に比べ、国民が比較的アクセスしやすいテレビやラジオで教育番組を提供している国も多いですが、低所得国の場合、ラジオやテレビがある家庭は50%に満たないのが現状です。
さらにこうしたデジタルコンテンツへのアクセスが限られている子どもたちへ、印刷した紙媒体の学習教材を配布すると打ち出している国もありますが、先日の解説記事で紹介された東ティモールの例のように、実際にそうした子どもに届いているかどうかは疑問が残ります。
政府、民間、開発ドナー等さまざまなアクターが協力してこの学習危機に立ち向かう努力をしているのは確かですが、子どもたちが置かれた環境により教育格差が広がっているのもまた事実です。
こうした中、②失った学びをどのように取り戻すのか、が肝心です。パネリストの一人も述べていた通り、失った学びに対し何らかの措置を取るのか取らないかで、その後の結果が大きく異なります。
ユネスコの調査によると、122ヵ国中68%の国が失われた学習に対し回復措置(回復プログラム、加速学習、授業時間増加)を取ると回答していますが、それら68%の国で措置が取られたとしても、中学校卒業時点で必要とされる最低限の学習能力(読解力)に達する子どもの割合は、2030年になってもコロナパンデミック前の予測値に追いつきません。(すべての国で回復措置が取られた場合は、2025年に追いつくと予想されています。)
失われた学習機会の影響を最小限にするためには、あらゆる手段を講じて学びを補う、学びを継続させる取組が必要です。教育政策としては、カリキュラム内容の削減、学校暦の調整、授業時間の増加、教員数の増大、回復プログラムの実施等が多くの国で実施されていますが、そうした政府主導の取組と併せて、地域レベルで開発ドナーやNGO等と協力した自主学習教材の配布や、学校に戻れなかった子どもたちを対象にした加速学習プログラムの提供なども重要となると思います。
子どもたちの学びの喪失は待ったなしの問題なので、政府の施策や方針と整合性を取りながらも、地方・地域レベルでもできることを始めていくことが重要と思います。
参照 :
World Bank | Learning equity during the coronavirus: Experiences from Africa
Center for Global Development | Equity-Focused Approaches to Learning Loss during COVID-19
UNICEF | Covid-19: How are Countries Preparing to Mitigate the Learning Loss as Schools Reopen?