解説:北館尚子(シニア・コンサルタント)
一橋大学卒業、ハーバード大学大学院修了。元UNESCO(国連教育科学文化機関)職員
当サイトのトップページにも掲載している通り、新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な影響により、SDG4の達成が益々危ぶまれる事態となっています。
2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の17分野の目標のうち、教育に関しては「目標 4(SDG4):すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」が掲げられました。教育は保健や食料供給などとともに、人間のあらゆる営みの現在と未来の方向性を左右する大切な分野であり、包括的で長期的な取り組みが必要ですが、教育の効果や影響は短期的・直接的には見えにくいこともあり、教育のための資金の投入が需要に追いつかない状態が、新型コロナウイルス・パンデミック以前から続いていました。
新型コロナウイルス・パンデミック前のSDG4達成状況
国連が毎年SDGの達成状況を確認するために開催している「国連ハイレベル政治フォーラム(HLPF)」の昨年7月の会合において、2015年のSDG採択以後初めて教育に関わるSDG4の達成状況の包括的な評価が行われました。この会合に合わせて発表された評価結果により、SDG4の進捗の遅れがすでに憂慮すべき状況であることが分かりました。
2019年時点でのSDG4の進捗状況
- 世界の6-17歳の子供と若者の内、2億6千2百万人が学校に就学できていなかった。
- 世界中の学齢期の子供と若者の半分以上に相当する6億1千7百万人が必要最低限の読解力と計算力の基準を満たしていない。このうち3分の2は学校に通っていたが、学校できちんと学べていなかったか、あるいは退学していた。
- 約7億5千万人の成人(そのうち3分の2は女性)は非識字(読み書きが出来ない)のままであった。このうち半数は南アジア地域に在住し、4分の1はサブサハラ・アフリカ地域に在住している。
- 多くの途上国で、まだ教育を提供するための基本的な設備や施設が不足している。サブサハラ・アフリカ地域では、半分以下の小中学校しか電気、インターネット、コンピューター、飲料水へのアクセスがない状態である。
- 世界中の小学校教員の内で、きちんとした教員研修を受けた割合は85%で、2015年からほとんど増加していなかった。割合が最も低いサブサハラ・アフリカ地域では研修を受けた小学校教員は全体の64%にとどまっている。
参照:UN | SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOAL 4
新型コロナウイルス・パンデミック前の教育支出状況
もともとUNESCOは2015年の時点で、低所得国がSDG4を達成するために必要な支出を試算し、2015年から2030年の間に毎年390億ドルの資金不足が予測されると報告していました。
参照:UNESCO | Pricing the right to education: the cost of reaching new targets by 2030
この資金不足を克服するために、SDG4達成のための国際的な指針である「教育2030行動枠組み」(2015年)の中で、各国政府に対しては「対GDP比の4-6%」または「政府総支出に占める割合の15-20%」を政府教育支出に当てること、そしてドナー(援助提供)国に対してはODA拠出の国際基準であるGNI比0.7%を満たして教育支援に一層の貢献をすること、などが国際基準として採択されました。
参照:UNESCO | Education 2030 Framework for Action
また、2015年にSDG4達成を支援することを目的として設立された教育コミッション (Education Commission:国連世界教育特使政を議長とした政財界のリーダーやノーベル賞受賞者などをメンバーとした諮問委員会)は、2016年に発表した報告書の中で、2015年から2030年の間に全ての子ども達の就学を保証するためには、低中所得国の教育支出(政府による公的支出、家計負担、その他開発援助等による資金を全て合計)の合計を、2015年の1.2兆ドルから2030年までに3兆ドルまで増加させる必要があり、そのためには政府による教育支出を2015年の1兆ドルから2030年までに2.7兆ドルまで増加させる必要がある(GDP比で各国の政府教育支出を2015年の平均4%から5.8%まで引き上げる必要)があると算定していました。
参照: Education Commission | The Learning Generation: Investing in education for a changing world
一方で、2019年の国連ハイレベル政治フォーラムにおけるSDG4の評価時点で、148国中43国がこの政府教育支出の基準のどちらも満たしていませんでした。また、OECD加盟37カ国のドナー国のうち2019年にGNI比0.7%というODA拠出の国際基準を満たしていたのは5カ国のみでした。
参照:OECD | Aid by DAC members increases in 2019 with more aid to the poorest countries
言い換えれば、2019年の新型コロナウイルス・パンデミック前の時点において、SDG4達成のための教育支出の資金不足は解消されておらず、より一層の資金調達のための努力が必要な状況でした。
参照:UNESCO | Meeting commitments: are countries on track to achieve SDG4?
(次回に続きます)