特別寄稿:教育のためのグローバルパートナーシップによる新型コロナウィルス対策支援

解説:吉川(岩崎)響子(シニア・コンサルタント[休職中])
上智大学卒、イーストアングリア大学院修了。現・教育のためのグローバルパートナーシップ・コンサルタント

教育分野の未曽有の危機:足踏みどころか逆行も

現在、医療体制の脆弱な途上国における新型コロナウィルスの拡大を防ぎ、その影響を最小限に抑えるため、様々な援助機関が大規模な支援を表明しています。その支援の多くは当然のことながら保健分野に集中し、新型コロナウィルス対策としての教育分野への支援は限定的となっています。

 参照:CGD | How Are International Donors Responding to Education Needs during the COVID Pandemic?

しかしながら、新型コロナウィルスの拡大による教育への影響は甚大です。当サイトのトップページにも掲載している通り、UNESCOの集計によれば5月18日時点で156か国が学校を閉鎖しており、これにより約12億人の子供(世界の就学者数の約70%)が影響を受けていると推計されています。学校が長期に亘って閉鎖されれば、貧困地域や農村部の生徒は仕事を始めたり家族の手伝いに駆り出されたりして二度と学校に戻れなくなる可能性があります。また、解雇された教員は別の仕事を探すしか道がなくなり、これまで政府が行ってきた教員訓練が無駄になる危険性も高まっています。新型コロナウィルスの拡大は、途上国が今まで取り組んできた教育機会の拡大と質の改善のための努力を阻害するだけでなく、逆行させる恐れすらあります。私たちが直面している現状は、教育分野における未曾有の危機と言えます。

このような状況を受け、教育のためのグローバルパートナーシップ(Global Partnership for Education, 以下GPE)は、教育分野に特化した支援としては世界最大規模(2020年5月時点)の資金を新型コロナウィルス対策支援に充てることを表明しています。本記事では、GPEのコロナ対策支援とその特徴について解説します。

GPEの活動

GPEの新型コロナウィルス対策支援について解説する前に、GPEという組織について簡単にご紹介します。GPEは、世界で最も貧しい国々における基礎教育の拡大と改善を目的として2002年に設立されました。GPEには、①教育に関する世界唯一のパートナーシップであるという点と、②基礎教育に特化した世界最大規模の基金であるという二つの特徴があります。パートナーシップには、途上国の教育改善に関わる様々なステークホルダー(途上国政府、援助提供国政府、市民社会組織、多国間援助機関、民間企業、財団など)が参加し、途上国における国家教育予算の増加を呼び掛けたり、途上国の教育改善に役立つ知見の収集・共有をしています。基金としては、2002年の設立以来、計50億ドル(約5350億円)超のグラント(無償資金)を途上国政府に対して提供しています。

GPEの新型コロナウイルス対策支援

GPEが実施する新型コロナウィルス対策支援は大きく二つに分けられます。一つ目は、3月25日に公表された880万ドル(約9億円)の支援です。この資金は、途上国が主に新型コロナウィルス対策計画を策定・調整するために使われ、UNICEF経由で途上国に渡ります。一般的に、緊急支援においては、援助提供国政府、NGO、国連機関など様々な主体がばらばらに支援を申し出るため、必要な援助を必要な人たちに迅速に届けそれぞれの主体が効果的に貢献できるよう調整することが重要になります。880万ドルの支援は、主に、途上国がコロナ対策計画を策定し、その計画に基づいて援助を提供する様々な主体が効果的に支援できるよう調整するために使われています。

 参照:GPE | Global Partnership for Education announces US$8.8 million in funding to help UNICEF with COVID-19 response

二つ目は、4月1日に表明された2億5000万ドル(約267億円)の支援です。これは、途上国が策定した新型コロナウィルス対策計画の実施を支援するものです。具体的には、新型コロナウィルスが途上国の教育制度に及ぼす影響を緩和し(mitigation)、拡大が収束した後の教育制度の復興(recovery)に備え、将来的により柔軟で回復力の高い教育制度を構築することを目的としています。例えば、ラジオやテレビ等を活用した遠隔教育用の教材の作成と配布、遠隔教育用機器の配布、教員や教育行政官に対する支援、学校における保健衛生・給水設備の整備などへの支援が想定されています。この支援は、世界で最も貧しい国々において最大3億5,500万人の子供たちの学習を維持するのに役立ち、学校閉鎖によって最も大きな打撃を受ける最貧家庭の子供たちが取り残されないようにすることに焦点を当てています。

 参照:GPE | Global Partnership for Education announces US$8.8 million in funding to help UNICEF with COVID-19 response

新型コロナウィルス対策に表れるGPEの特徴

新型コロナウィルス対策支援において、GPEの支援の特徴がよく表れている点が3つあります。一つ目に、途上国政府の策定した計画に基づいて、教育に関わる多様な関係者が一丸となって実施するというGPEの支援モデルが、今回の緊急支援でも活かされている点です。GPEの支援モデルは、途上国が①教育分野における課題を特定し、②その解決のための計画を策定し、③その計画を実施する、というサイクルを基本としています。そのサイクルに、途上国の教育改善に携わる多様な関係者(途上国の教育省及び関係省庁、ドナー政府、市民社会、教員組合など)が効果的に参加することで、質の高い計画が策定され、その計画の実施が担保されると考えられているからです。多くの援助主体がばらばらに支援をすることで被援助国政府の負担が増加しないようにする狙いもあります。GPEには、途上国政府がこのサイクルに合わせて申請できる3種類のグラントがありますが、新型コロナウィルス対策支援においても、前述の880万ドルの支援が主に新型コロナウィルス対策計画の策定に、2億5000万ドルの支援がその実施に使われ、一連のサイクルを通して教育分野の多様な関係者の参加を担保するための仕組みが施されています。

二つ目に、新型コロナウィルス対策支援においてはGPEがパートナーシップである故の強みがよく活かされています。WHOのパンデミック宣言以降、GPEは様々なパートナーが作成したリソースを取りまとめブログやウェブサイトなどで発信しています。例えば、5月7日には、シエラレオネの教育大臣からの提案で同国のエボラ危機対策の教訓を他の教育大臣に共有するためのオンライン・ディスカッションを開催しました。また、援助機関、非営利活動団体など様々な関係者も、過去の経験に基づいて緊急時の教育のポイントや遠隔教育のツールなどをGPEのブログで紹介するなど、GPEが途上国の教育改善に関わる関係者のプラットフォームとしての活用されていることが分かります。

 参照:
GPE | GPE and the COVID-19 (coronavirus) pandemic
GPEのYouTubeチャンネル |Ministerial discussion on education and continuous learning during the COVID-19 pandemic

三つ目に、迅速な緊急支援が可能であるという点です。GPEは、2012年に緊急支援メカニズムを設置して以来、積極的に人道的危機や自然災害時の教育支援を行ってきました。通常、援助機関が途上国に対して支援を検討し始めてから実際に支援が行われるまで数か月から数年かかることも珍しくありませんが、GPEは緊急支援におけるグラント審査のプロセスを大幅に短縮することで迅速な支援を可能にしました。このメカニズムを利用し、GPEはこれまで紛争下の南スーダンへの支援やバングラデシュのロヒンギャ難民支援などを行ってきました。この経験を通して、新型コロナウィルス対策においても4月1日に2.5億ドルの支援を表明してからわずか1か月半で既に5か国のグラント(計6000万ドル)が承認されています(5月16日時点)。

参照:GPE | How to apply for grants | Accelerated funding

見えてきた今後の課題

これまでの経験の蓄積を基に新型コロナウィルスに対応してきたGPEですが、5月末までに計43か国から合計3億7,700万ドルの支援の申請がある見込みであり、既に表明している支援額だけでは到底足りません。この未曾有の危機に瀕して、途上国の子供たちの学びを止めないために、また、危機が収束した後に子供たちが学校に戻り、安全に学び続けられるように、今後、保健分野だけでなく、教育分野にも国際社会からの一層の支援が求められます。また、被援助国においてグラント実施状況を適切にモニタリングし、そこから抽出された教訓をパートナーシップの中で共有することは、GPEが基金としてのアカウンタビリティ(説明責任)を果たし、パートナーシップとして更なる価値を発揮するために今後ますます重要になってくるでしょう。

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