新型コロナウイルスと「万人のための教育」(その2)

解説:北館尚子(シニア・コンサルタント)
一橋大学卒業、ハーバード大学大学院修了。元UNESCO(国連教育科学文化機関)職員

前回の記事では「万人のための教育」(Education for All、以下「EFA」)の過去30年間の主要な動きについて振り返りましたが、今回の記事ではUNESCOが発行する世界の教育状況に関する年次報告書を基に、過去約20年間の教育開発の変遷を概観してみたいと思います。

UNESCOは、2002年から「EFAグローバル・モニタリング・レポート 」、2016年からは「グローバル・エデュケーション・モニタリング・レポート」として、ほぼ毎年世界の教育の状況を取りまとめた年次報告書を発行しています。

これらの年次報告書は、以前の記事でご紹介したUNDP発行の「人間開発報告書」同様に、その年に明らかとなった世界的な課題や新しい傾向などを毎年の報告書のテーマ(副題)として掲げています。先ずこのテーマを振り返ることで、過去約20年間の教育開発の主要な流れを追うことが出来ます。


EFAグローバル・モニタリング・レポート」のテーマ一覧

2002年  すべての人に教育を – 世界はこの目標を達成できるか 
2003/4年 ジェンダーと万人のための教育 – 平等への飛躍型開発
2005年  質的向上の必要性
2006年  識字の重要性
2007年  ゆるぎない基礎 – 乳幼児ケア及び教育
2008年  すべての人に教育を – 2015年までに達成できるか
2009年  格差の克服 – ガバナンスはなぜ重要か
2010年  疎外された人々に届く教育へ
2011年  隠された危機 – 武力紛争と教育
2012年  若者とスキル – 教育を仕事につなぐ
2013/4年 教えること・学ぶこと – すべての人に質の高い教育を
2015年  すべての人に教育を 2000-2015 – 成果と課題

参照:UNESCO | EFA GLOBAL MONITORING REPORTS


「グローバル・エデュケーション・モニタリング・レポート」のテーマ一覧

2016年  人間と地球のための教育 – すべての人にとって持続可能な未来をつくる
2017/8年 教育におけるアカウンタビリティ – 私たちの責務を果たすこと
2019年  移住・避難と教育 – 壁を作るのではなく、橋を架ける
2020年  インクルージョンと教育 – すべての人とは誰一人取り残さないこと

参照:UNESCO | GLOBAL EDUCATION MONITORING REPORTS


上記の通り、毎年のテーマを一覧するだけでも、ジェンダー・ガバナンス・仕事・武力紛争・地球環境など、教育がいかに様々な分野の要因と密接に関係しているかが分かります。

EFA達成状況の2015年時点での評価 

では「万人のための教育」は、その理念が明示された1990年から、その理念を継承した「SDG4目標:すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」が提示された2015年までの間に、一体どの程度進捗し、達成されていたのでしょうか?

2015年版EFAグローバル・モニタリング・レポートの要約版に、2000年から2015年までの15年間のEFA達成状況の評価が、2000年にダカールで定められた6つのEFA達成目標毎に「成績表」の形式で分かりやすく纏めて掲載されていますので、この成績表から確認してみましょう。

参照:UNESCO | Education for All 2000-2015: achievements and challenges; EFA global monitoring report, 2015; summary


  1. 就学前教育の拡充

目標:最も不利な立場におかれた子どもたちに特に配慮した、総合的な乳幼児のケアおよび教育を拡大し、改善する。

成績:(データ入手可能な148カ国のうち) 

  • 目標達成までかなり遠い 20%
  • 目標達成まで遠い 25%
  • 目標達成まで間近 8%
  • 目標達成 47%

成果: 

  • 2000年と比べて、2015年には乳幼児死亡率は39%低下している。
  • 2012年の世界の就学前教育の就学者数は1億8千4百万人で、1999年からおよそ3分の2増加している。
  • 2014年までに40カ国が就学前教育の義務化を実施している。

課題:

  • 2013年に630万人の子どもが5歳未満で死亡しており、その原因の多くは予防可能なものであった。
  • 5分の1の国で、就学前教育を受ける子どもの割合が全体の30%未満に留まっている。
  • 訓練を受けた就学前教育教員と保育士が不足している。

評価:「さらに重点を置く必要がある」

  1. 2015年までに無償義務初等教育修了の普遍化

目標:2015年までにすべての子ども、特に女子・困難な状況にある子ども・少数民族の子どもが、質の高い無償義務初等教育にアクセスし、修了することを保障する。 

成績:(データ入手可能な140カ国のうち) 

  • 目標達成までかなり遠い 9%
  • 目標達成まで遠い 29%
  • 目標達成まで間近 10%
  • 目標達成 52%

成果:

  • 初等教育就学率は、1999年の84%から91%に上昇し、初等教育就学者数は1999年から約4千8百万人増加した。
  • 1999年から2012年の間に、初等教育就学率が20ポイント以上増加した国が17カ国以上あった。

課題:

  • 5千8百万人の子どもが学校に行っておらず、そのうち2千5百万人は一度も学校に行ったことがない。
  • 毎年3千4百万人が学校を中退しており、最終学年まで到達する子どもの割合は増えていない。
  • 不就学児の36%は紛争影響地域に在住している子どもである。
  • 教育の質は依然として低い。 
  • 教育がまだすべての子どもにとって無償ではない。 

評価:「改善の余地がある」

  1. 青年や成人の学習ニーズに応じた教育機会の確保

目標:すべての青年および成人の学習ニーズが、適切な学習およびライフスキル・プログラムへの公正なアクセスを通じて満たされることを保障する。

成績:(データのある75カ国中)

  • 目標達成までかなり遠い 11%
  • 目標達成まで遠い 35%
  • 目標達成まで間近 9%
  • 目標達成 45%

成果:

  • 1999年以降、世界全体の就学率は27%上昇し、サハラ以南アフリカでは2倍以上に増加している。
  • 粗就学率が、前期中等教育(1999年の71%から2012年には85%)、後期中等教育(1999年の45%から2012年には62%)共に上昇している。

課題:

  • 1999年の9千9百万人からは減少しているものの、2012年の時点で6千3百万人の若者が就学していない。
  • 2015年までに低中所得国の若者の3分の1は、前期中等教育を修了しないと予測される。
  • 必要なスキルの分類が明確になっていない。
  • 就労している若者の数は減っていない。
  • 再就学の機会へのアクセス拡大のニーズが満たされていない

評価:「さらなる改善が必要」

  1. 2015年までに成人識字率の50%改善の達成・成人の基礎教育へのアクセスの平等の確保

目標:2015年までに成人の、特に女性成人の識字率の50%改善を達成し、またすべての成人に基礎教育および継続教育への公正なアクセスを提供する。 

成績:(データのある73カ国中) 

  • 目標達成までかなり遠い 32%
  • 目標達成まで遠い 26%
  • 目標達成まで間近 19%
  • 目標達成 25%

成果:

  • 世界全体の成人非識字率は、2000年の18%から2015年にわずかながら14%まで低下した。

課題:

  • 少なくとも7億8千百万人の成人が基本的な識字能力を身につけておらず、その約64%を女性が占めている。

評価:「取り組みの再考を要する」

  1. 2005年までに初等・中等教育における男女格差の解消、2015年までに教育のジェンダー平等の達成

目標:女子に対する質の高い基礎教育への完全かつ平等なアクセスと達成を重視しながら、2005年までに初・中等教育でのジェンダー格差を解消し、2015年までに教育におけるジェンダー平等を達成する。

成績:

<初等教育>(データのある170カ国中)

  • 目標達成までかなり遠い 0.6%
  • 目標達成まで遠い 21%
  • 目標達成まで間近 10%
  • 目標達成 69%

<中等教育>(データのある157カ国中)

  • 目標達成までかなり遠い 10% 
  • 目標達成まで遠い 35%
  • 目標達成まで間近 7% 
  • 目標達成 48% 

成果:

  • 中等教育におけるジェンダー格差は減少し、男子100人に対する女子の就学者数が90人以下の国が、133カ国中で1999年には30カ国であった2015年には19カ国に減少した。
  • データのある59カ国中40カ国が、女性の教育の権利保障に明確に言及している。
  • 前期中等教育を修了する女子の割合は、2000年の男子100人に対し女子81人から、2010年には男子100人に対し女子93人に増加している。

課題:

  • 児童婚と妊娠、学校でのジェンダーに基づく暴力などが、依然として女子の教育を困難にしている。
  • ジェンダーに配慮したアプローチによる教員訓練を拡大する必要がある。
  • ジェンダー平等の定義と測定方法が明確になっていない。

評価:「さらなる努力が必要」

  1. 教育の質の改善

目標:教育の質をあらゆる側面から改善し、すべての人が、特に読み書き・計算・基本的なライフスキルの分野で、確認・測定可能な学習成果を達成できるよう高い水準を確保する。

成果:

  • アクセスと学習は同時に改善可能であることが確認された。 
  • 初等教育で教員1人当たりの生徒数が、146カ国中121カ国で減少した。

課題:

  • 必要な訓練を受けた教員が不足し、 2012年の時点で3分の1の国の初等教育の教員のうち、必要な訓練を受けていた割合は75%未満であった。 
  • 学習のつまずきが低学年で始まり、多くの子どもたちが基礎的な学力を習得していない。
  • 教科書や教材、教室の備品など、学習の必要な教材が不足している。

評価:「より一層の努力が必要」


以上の成績表を総合すると、6つのEFA達成目標の中で合格点に達したものは2015年時点で一つも無いという手厳しい評価となっており、「万人のための教育」の理念の実現の難しさが浮き彫りとなりました。この2015年時点でのEFA達成度評価では、2015年以降のSDG目標達成に向けてさらなる努力が必要であることのみならず、新たな政治的コミットメントと戦略の必要性も示唆されました。

次回の記事では、6月23日発行の最新の2020年版グローバル・エデュケーション・モニタリング・レポートの内容を基に、2015年以降の「万人のための教育」の実現の現状と新型コロナウイルスの影響について報告します。

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