解説:須藤玲
東京大学大学院教育学研究科博士課程、日本学術振興会特別研究員(DC1)
弊部杉山竜一(プリンシパル・コンサルタント/上智大学・グローバル教育センター・講師)が、大学講義の際にティーチング・アシスタントをお願いした若手研究者から寄稿して頂きました。貴重な東ティモールの報告の後編です。前編はこちら
休校期間中の現状
前編で述べたように早期段階から、教育省は対応策を講じてきましたが、現実は厳しかったようです。教育省の提供するオンライン教育で学べた児童生徒は首都圏に留まり、特に山間部や貧しく携帯電話を持っていない人々はアクセスすることができていなかったようです。教育省はこうした子どもたちに対して、教科書といった紙媒体のものを配布したと弁明しているものの、そうした対応がどこまでできたのかについては明らかになっていません。
実態を把握するために学校の教員や学生にインタビューを行った結果、「テレビ番組で、またはオンラインでの教育は受けられたか」という質問に対し、以下のような回答が得られました。
- 初等教育(小学校)
- 「教育省作成のテレビ番組を見ることができたのは、全体の約25%程度(1200名のうち300名ほど)であり、それ以外は教科書の配布も行われなかった。」(公立ベボヌック小学校教員)
- 「ほとんどの家庭にテレビがないので、番組を見ることができたのはごくわずかの生徒のみ。」(教区立バザルテテ小学校校長)
- 高等教育(大学)
- 「休校期間中、オンラインで授業ができる教員は授業や試験を行った。学生の中にもそれを受けられた人とそうでない人がいたので、受けられなかった人は授業再開後に試験を受けた。」(聖ジョアン・デ・ブリトー教育大学学生)
回答を得られた上記の小学校はいずれも地方部にあり、インターネット環境が十分に整っていない状況にあります。そうした地域では、やはり教育省が提供するオンラインプログラムの貢献は限定的であると言わざるを得ません。またインターネット環境の整っていない地域を想定して用意するとしていた紙媒体の教材が届いていない現状も明らかになりました。
その一方でこうしたオンライン教育がうまく活用されたのは、上記の回答からわかるように、大学教育です。しかし、それでもオンライン授業を受けられない学生もいたことは確かです。また、大学のほとんどが首都ディリにあり、休校期間中に地方に帰らなかった学生はオンライン教育を受けることができたようですが、その一方で大多数の学生が様々な理由で地方に帰っており、そうした学生はアクセスできなかったようです。
教育分野における政府の対応(休校解除後)
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東ティモールでは順次学校が再開しているものの、新型コロナウイルス感染症への対策が各校でとられています。例えば小学校では、生徒が登校する曜日を分けたり、授業時間を減らし学校にいる時間を短くしたりするといった対応がとられているようです。また本来2学期と3学期の間に2週間ほどの休暇がありますが、その休暇をなくし、授業が行われているようです。
上記のように、東ティモールでは3月末から5月末にかけて休校措置が取られたものの、多くの学校は6月中旬から7月にかけて再開をしているため、子どもたちは、本来学ぶべき第2学期の3カ月のうち、2カ月を失っています。しかし、こうした状況に対し、教育省として特段のガイドラインは打ち出されておらず、対応は学校ごとに任されているようです。
現状を把握するために、特に小学校教員(上記と同じインタビュー対象者)に対して「授業の遅れにどう対応しているか」という質問を行ったところ、以下のような回答を得られました。
- 「現在でも各生徒が受けられる授業時間数は通常の半分である。3学期(8月~11月)に授業の遅れを取り戻すべく努力する予定。特別な授業は設けない。」(公立ベボヌック小学校教員)
- 「6年生のみに土曜日に特別授業を受けさせている。」(教区立バザルテテ小学校校長)
上記の回答結果からもわかるように、教育省は2カ月の休校期間を踏まえた学習カリキュラムの変更などの対応策を打ち出せておらず、現場の教員がその対応に追われていることがうかがえます。
所感
東ティモールの教育では、比較的中央集権的で何事もトップダウンで行われており、地方教育行政や現場の教員によるボトムアップがあまり見られません。新型コロナウイルス感染症による休校措置がいち早く発動され、初動こそ迅速な対応がトップダウンで行われた点で評価できます。その一方で、休校明けにおける学校教育の対応では、教育省をはじめとする中央政府によるイニシアチブがあまり発揮されておらず、現場では混乱が生じている実態が明らかになっています。ボトムアップによる教育の改革がなかなか起こらない中で、より一層教育省を中心とした政府の迅速な対応が求められると考えられます。
また、新型コロナウイルス感染症によって、より一層東ティモール国内における教育格差が浮き彫りとなりました。休校措置が取られた際に教育省が立ち上げたオンライン学習のコンテンツがその最たる例です。休校期間中、首都圏を中心としてインターネット環境などが整っている地域の子どもたちは、学びの継続が可能でした。しかしそうでない地域ではそのようなコンテンツにアクセスすらできませんでした。休校措置を通して、こうした子どもたちを取り巻く教育環境(設備など)の格差が如実に露呈されました。今回の新型コロナウイルス感染症をめぐる教育の一連の経験を機に、教育省をはじめとする政府は、国内の様々な教育格差について認識すべきであり、今後こうした教育格差の解消に向けた教育改革が求められるのではないかと考えます。

(※現地の学校の様子や実態に関しては、東ティモール在住のシスターや学生へのインタビューに基づきます。)
参考文献
在東ティモール日本国大使館 HP
UNICEF Timor-Leste HP
East Timor and Indonesia Action Network