ケニアの子どもたちの失われた1年(後編)

解説:杉山竜一(プリンシパル・コンサルタント)
東京学芸大学卒業、同大学院修了。上智大学・グローバル教育センター・講師

取材協力:長沼啓一(株式会社アイリンク 代表取締役)
元ケニア・理数科教育強化計画(SMASE)プロジェクト・チーフアドバイザー

2020年7月7日、ケニア政府は来年1月までの学校閉鎖継続、全員留年とするという発表をしました。ケニアで一体何が起こっているのか?現地の教育事情に詳しい長沼啓一氏にもご協力頂き、ケニアの教育事情を少し調べてみました。その続編をお届けします。

今できること、これからやるべきことは?

前編ではケニアの新型コロナウイルスの感染拡大の現状と、学校での感染対策の難しさについて、中編ではリモート学習の現状についてマクロデータとご家庭の様子を見てきました。これら議論を通じて、次の3点について、ケニアの困難な状況が見えてきました。

  1. 学校再開準備
  2. 家庭学習の充実
  3. 保護者への啓発

これらの点について、今からできること、これからやるべきこととしてどんなことが考えられるでしょう?

趣向を変えて、長沼氏との対談形式でまとめてみたいと思います。


【1. 学校再開準備】については、この閉鎖期間の時間を有効につかって、簡易タンクの設置による手洗い場の改善など、衛生環境を少しでも充実しておくことが考えられます。

少人数制クラス実現など学習環境の改善については、急に教室数を増やすことはできませんから、時間割を組み換えて分散登校(シフト制)にするなど「ソフト面」での準備が望まれますね。

時間割の組み替えなどによる分散登校、というアイディアについて、まずケニアの初等学校の時間割を確認してみましょう。写真を見て下さい。

時間割・例1(写真提供:長沼啓一氏)
時間割・例2(写真提供:長沼啓一氏)
時間割・例3(写真提供:長沼啓一氏)

これらで確認できるように、ケニアでは月~金の8時頃から15時頃まで、毎日8コマ(毎週40コマ)が標準的です。

二部制(午前と午後で児童が入れ替わる、学校・教室・教師の足りない途上国でよく見られる)ではないのですね?

はい、一部制です。ですから、教える内容を精選(削減)する、土曜も授業をする、先生の数を増やす、などの対応策で、分散させることは可能ではあると思います。

先生の数を増やすのは、予算の都合もありますし、その予算に応じた教員養成計画を立てているのでしょうから、すぐには難しそうですね。

教員を増やさずに、少ない授業時間の中で質を担保する方法として、ケニアカリキュラム開発研究所(KICD: Kenya Institute of Curriculum Development )が提供している以下のような教材を反転授業の教材として活用することが検討できるかもしれません。いずれにせよ、複合的な対策・知恵が必要になりそうですね。


休校期間中でも子どもたちを学習に繋ぎ止めておくためには、【2.家庭学習の充実】を図ることが必要です。ここには、「学習コンテンツの配布」と「子どもに学習させること」、大きく2つの課題があると理解しています。前者についてはデータを見ると、ケニアで比較的普及しているテレビやラジオによる教育番組の活用が比較的現実的かと思いましたが、いかがでしょうか?

教育テレビや教育ラジオが開設されてから、もう5年くらい経っていると思いますが、その知名度は非常に低かったというのが正直なところです。開局当初はデジタル放送対応のテレビしか映らない、ナイロビから50km以内しか受信できないなどアクセスに課題があり、また大半の時間授業とは無関係の音楽が流れているなどコンテンツもスカスカでした。そこから少しずつ授業ビデオを充実させ、DVDで販売したり、Kenya Education Cloudを立ち上げるなど、ゆっくりながら視聴者獲得の努力していました。しかし率直に言えば、新型コロナウイルスが蔓延するまでは、学校でも、自宅でもほとんど視聴されていないチャンネルだったと思います。この数ヶ月ほど急に注目が集まり、KICDは大慌てでコンテンツ拡充に努力し、ケニア政府もその広報を頑張っている様子が感じられます。

学習コンテンツを届けることについては、これから期待が持てそうな状況ですね。
さて、教師の役割は「教えること」ですが、裏を返せば「子どもに学習させること」であるとも言えます。教員は今時間はあるわけですから、各家庭の子どもを直接教えることはできなくても、ペースメーカーとして、校区の子どもたちに働きかけることはできるのではないでしょうか。

新聞報道*1によれば、Magoha教育大臣は、テレビやラジオでの学習も困難な子どもたちにリーチするため学校教室にこだわらず、子どもを木陰に集めて(近所の空き地でも、公民館でも、先生さえ居ればどこでも良い、という比喩)授業を再開しようというアイディアをお持ちのようです。杉山さんの仰る「ペースメーカー」として機能するかもしれません。

*1 Daily Nation「Our children to learn under trees, Education CS Magoha says
2020年7月30日(2020年8月9日閲覧)


【3. 保護者への啓発】こについては、やはり普及度合いを考えると、テレビやラジオによる保護者への啓発プログラムが有効であろうと思います。加えて、上述した子どもへのペースメイキングを通じて、教師が保護者への啓発役を担えないかと思うところです。

コロナ禍にあって、KICDはテレビ、新聞広告やSNSを通じた広報活動を増やしています。これにより「保護者の家庭学習に対する認識」がどれほど改善されたのか、その効果は未知数ですが、すでに Nairobi や Mombasa のような都市部のほとんどの保護者は知っていますので、啓発活動をやっていないと思いません。それでもなおManderaのような地域に伝達するのは難しいのです。

そうすると、家庭に全面的に依存するよりも、Magoha教育大臣が仰るように「先生さえ居ればどこでも良い、子ども木陰に集めてでも・・・」という方策はいよいよ現実的なのかもしれませんね。

最後にもう一点、中編で「経済的に困窮している家庭では、(追加料金が必要な)オンライン授業に参加しない」と長沼さんのご友人が仰っていました。この点はいかがでしょうか?

親の立場としては「分かっちゃいるけどさ、仕事が減って困っているのに、これ以上子どもにお金や時間を割くわけにはいかないんだよ」という苦しい心中が透けて見えそうです。

こうした家庭への資金援助やネットの無償開放など検討する必要がありあそうですね。貧困家庭は当面の生活費が必要なので、単なるアクセス費の支援よりも、条件付き給付金のような方法が良いかとは思いますが・・・このあたりは、今回の議論からは逸脱するので、またの機会にしましょう。

色々と教えて頂きありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。


我々の叡智を結集して・・・結びに変えて

PCでの学習に歓喜するケニアの児童(写真提供:長沼啓一氏)

ケニアは日本が長年支援し、長沼氏を始めとする多くの日本人の教育開発専門家・ボランティアたちの尽力で、アフリカの成功モデルとして世界にも認められる教育改善を果たしてきていた国です。

私が担当している他のアフリカ諸国でも、学校再開が困難な状況に大差なく、ケニアの苦しみはよく理解できます。しかし大国ケニアだからこそ期待もしたいのです。踏ん張ってもらいたいと切に願うところです。

この失われた1年を、失われた10年、20年にしないためには、これまでに教育支援で培ってきた叡智を結集するのみならず、従来の発想のとらわれない新たな教育支援の形を、資金・技術両面から迅速に探っていく必要があるでしょう。

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