解説:杉山竜一(プリンシパル・コンサルタント)
東京学芸大学卒業、同大学院修了。上智大学・グローバル教育センター・講師
取材協力:長沼啓一(株式会社アイリンク 代表取締役)
元ケニア・理数科教育強化計画(SMASE)プロジェクト・チーフアドバイザー

2020年7月7日、ケニア政府は来年1月までの学校閉鎖継続、全員留年とするという発表をしました。ケニアで一体何が起こっているのか?現地の教育事情に詳しい長沼啓一氏にもご協力頂き、ケニアの教育事情を少し調べてみました。その続編をお届けします。
前編では、ケニアの新型コロナウイルスの感染拡大の現状と、学校での感染対策の難しさを議論し、学校閉鎖継続の判断はやむを得ないだろう、という話を書きました。本編では学校閉鎖の中で実施されているリモート学習の現状とリモート学習ができているご家庭の様子を見ていきます。
リモート学習の現状
ケニアのNPO・Usawa Agendaが実施した、学校閉鎖中のリモート学習についての調査報告*1が5月に発表されました。本調査では、41/47県・86/335自治体から収集したデータを基に、家庭からのリモート学習へのアクセス状況や、学校の家庭学習への支援状況などを検討しています。
表1に、同報告書から抜粋した、デジタルコンテンツへのアクセス率、保護者が学校閉鎖中も家庭で学習を継続しなければならないことを知らない割合(※保護者の認識)、リモート学習に必要な主な機器の保有率を示します。
表1:リモート学習の実態
デジタルコンテンツへのアクセス | 保護者の認識※ | ラジオ保有率 | テレビ保有率 | スマホ保有率 | PC保有率 |
---|---|---|---|---|---|
22.2% | 18.9% | 62.1% | 45.4% | 38.6% | 5.7% |
デジタルコンテンツにアクセスできた子どもは全国平均で22%にすぎず、また約2割(18.9%)の保護者が、家庭で学習を継続する必要があったことを知りませんでした。デジタルコンテンツへのアクセスに必要なスマートフォンやPCの保有率も低く、家庭でのリモート学習が実施困難な実態が浮き彫りになりました。
国内格差も深刻です。各県(41県)のデジタルコンテンツへのアクセス率と保護者の認識(家庭で学習することを知らない割合)を図1に示します(デジタルコンテンツにアクセスできた割合が低い順に並べています)。
図1:県別デジタルコンテンツアクセス率と保護者の家庭学習の認識率
(スペースの関係で全県名が表示されないため棒グラフにカーソルを合わせてご確認いただけると幸いです)
デジタルコンテンツへのアクセス率は、Nairobi (55.6%) やMombasa (56.2%) など都市部で高く50%を超える一方、Marsabit (2.2%)、Makueni (2.7%)、Mandera (3.9%)、Baringo (4.0%) など、アクセスできた子どもがほとんど確認できない県もあることがわかります。
保護者が知らない割合についても大きな格差が見られます。Manderaでは82.0%にも達し、以下高い順に、Baringo (40.0%)、Marsabit (39.6%) と続きます。これらはデジタルコンテンツへのアクセス率の低い県です。一方Nairobi (3.5%)、Mombasa (2.3%) など都市部では、知らない割合は低い傾向にありました(各県のアクセス率と保護者の認識の相関係数は-0.51、負の相関が見られました)。
長沼氏によれば、アクセス率・保護者の認識が低い県は、いずれも乾燥地帯にあり、経済的に貧しく、女子の就学率や卒業試験の成績も振るわない地域に合致するそうです。
これだけ学習格差が広がってしまうと、全員を一律に留年にするというケニア政府の方針は致し方ないことであったと思わざるを得ません。実際長沼氏が知人らから聞いたり、現地報道を見る限りは、今回の決定はケニア国内では概ね好意的に受け止められているとのことです。
家庭学習の実際の様子
リモート学習を実践できているご家庭の様子はいかがでしょうか。限られた事例ではありますが、長沼氏を通じて、ナイロビ近郊在住のケニア人の方(学校へ書籍や教材を卸している自営業)にお話を伺うことができました。3人の就学児(公立・寄宿制中学1年生・女子/私立・初等学校7年生※・男子/私立・初等学校4年生・女子)がいらっしゃり、ご自宅にはインターネット接続、親子全員が別々のオンライン作業ができるくらい十分な数のPCやタブレット、スマホなどがあるそうです。
※ケニアは2017年に学制改革を行い、8-4制(小学校8年、中高等4年)から、6-3-3制(小学校6年、中学校3年、高校3年)に移行中です。現在小4まで新カリキュラムが導入されています。
現在のお子様たちの家庭学習状況は以下のとおりだそうです。
- 3月16日以来、学校が閉鎖となり、それ以来、平日の仕事や学校も、週末の教会への集まりも、すべてオンラインが基本になった。
- 子ども達は月曜日から金曜日まで、ほぼ毎日朝9時から午後3時頃までZOOMやGoogle Meetでオンライン授業を受けている。先生が自宅から登場して、教科書をベースとした復習の授業を実施している。
- 家に子供達がずっと居て、ネットで良からぬ動画にアクセスしたりしないようモニターする手間は少々面倒である。
- 親として、子ども達がオンライン授業を受けている様子を覗いてみることもあるが、教え方は旧態依然としていて、新しさを感じないし、内容は今年1学期の復習だけなので、モチベーションはそれほどあがらない。
- 公立は無料だが、私立の場合、一人毎月5000シリング(約5000円)を追加で支払う必要ある。ネットがない家庭や、経済的に困窮している家庭は、私立のオンライン授業に参加しない場合もある。
この方は、「我が子が留年すること自体は少々不満だけれども、一年くらい待てるし、将来取り返すことも出来る。でも、我が子の生命は一度失われたら二度と戻らない。来年1月まで学校再開を延期するという政府の判断は妥当だと思う」、と理解を示していらっしゃいました。
失われた1年を、失われた10年にしないために

6/12にILOとUNICEFが発表した、コロナ禍での児童労働の増加を警告する報告書*2では、過去の自然災害や経済危機などで学校が閉鎖されたときの経験から、保護者は家に子どもが居ると、家庭での役割を与える、特に貧困家庭では子どもを労働力(収入創出活動の一員)として生活に組み込むため、学校閉鎖が長引くほどに子どもが学校に復帰するのが難しくなるだろうと警告しています。
学校再開が難しい上、家庭での学習も困難なケニアにおいて、学校長期閉鎖は、単なる長期休暇ではありません。保護者の教育に対する期待がすぼみ、子どもたちが学習意欲を失えば、北館が一連の解説記事で再三論考してきた懸念(教育開発の数十年の後退)が、まさに現実となります。
これからできること、やるべきことは何でしょうか?
最終回(後編)では長沼氏とともに、対応策を考えてみたいと思います。
(後編に続く)
参考:
*1 Are Our Children Learning? The Status of Remote-learning among School-going Children in Kenya during the Covid-19 Crisis. Nairobi: Usawa Agenda (2020/7/30取得)
*2 International Labour Organization and United Nations Children’s Fund (2020), COVID-19 AND CHILD LABOUR: A TIME OF CRISIS, A TIME TO ACT (2020/8/3取得)