新型コロナウイルスと人間開発(その3)

解説:北館尚子(シニア・コンサルタント)
一橋大学卒業、ハーバード大学大学院修了。元UNESCO(国連教育科学文化機関)職員

杉山から報告(データで見る世界の学校再開の現状)のとおり、途上国の学校再開・正常化は先進国に比べて遅れているのが実情です。今回の記事では、「withコロナ」=新型コロナウイルスのパンデミック危機が続く国々において、人間開発の後退に及ぼす影響を最小限に食い止めるための提言について報告します。

パンデミック下のインターネット・アクセスの重要性

パンデミック危機下でのインターネット及びその関連機器を含むテクノロジーへのアクセスの有無は、学校閉鎖中に子供たちが家庭で学習を継続できるかどうかを左右するだけにとどまりません。

外出が著しく制限される状況において、家庭でオンラインによるサービスが利用可能であるかによって、在宅勤務による雇用と収入の確保、必要な物品のオンライン購買、遠隔保健医療サービス等による健康の維持、家庭内暴力に遭遇した場合の支援へのアクセス、他者との社会的な交流のオンラインでの継続、など生活のあらゆる領域に影響を及ぼします。

このことから、前出の新型コロナウイルスが人間開発に及ぼす影響についてのUNDP報告書は、家庭でのインターネットへのアクセスは、パンデミック危機下においては雇用、衣食住・健康・安全・教育・社会的な関係性など、人間として生きるために必要不可欠な要素を維持するためのライフラインとしての役割を果たすようになっており、人間らしく生きる権利や子供たちの学ぶ権利に直結する人権に関わる問題として認識される必要が出てきたことを強調しています。

パンデミック前から拡大していたインターネット・アクセス格差

UNDPは昨年発行した人間開発報告書(2019年)において、拡大する一方の格差と不平等の問題を世界的な開発課題として指摘し、中でもインターネット・アクセス状況の格差が国や地域によって深刻であることを示していました。

2017年のデータによるインターネットにアクセス出来る家庭の割合は、人間開発水準の非常に高い国では84.1%に上る一方、人間開発水準の高い国で51.7%、人間開発水準が中程度の国で26.8%、人間開発水準の低い国では15.0%と、大きな格差が開いていました。

参照:UNDP | Human Development Report 2019 – Beyond income, beyond averages, beyond today: Inequalities in human development in the 21st century

インターネットへのアクセスが無い人々は、パンデミック以前からすでに脆弱で不利な状況に置かれており、今回のパンデミックによってさらに収入・健康・安全が脅かされ、益々経済的にも社会的にも困難な状況に陥り、人間開発から立ち遅れていくことが危惧されます。

インターネット・アクセス格差是正がパンデミック回復の鍵に

今後のパンデミック危機からの回復において、前出のUNDP報告書は、インターネットへのアクセス拡大が極めて重要な鍵を握っていることを指摘し、最優先課題として取り組むことを各国政府に提唱しています。
同報告書による試算では、インターネット・アクセス状況が現状のままの場合、パンデミック危機からの回復が世界的に遅れ、人間開発の後退度合いは予想値の2.5倍に増大する一方、もしアクセス状況の不平等を改善することができれば、人間開発の後退度合いは予測値の半分以下に抑えることができるという推計を出しています。

インターネット・アクセスの格差是正のために必要な投資に関して、ワールド・ワイド・ウェブ財団(ワールド・ワイド・ウェブを発明した英国人科学者ティム・バーナーズ=リー氏が設立したインターネットの公正な普及を目指す団体)が2018年に発表した報告書によれば、低・中所得国におけるインターネット・アクセスの格差を解消するために必要な投資は1千億ドルであると試算していました。

参照:World Wide Web Foundation | Closing the Investment Gap: How Multilateral Development Banks Can Contribute to Digital Inclusion

この1千億ドルという数字は、一見すると多額の投資のように思えますが、パンデミック対策のために各国政府が4月までに計上した緊急対策予算総額の約8兆ドル (IMFの4月時点の集計値)の約1%強に相当する金額です。
各国政府がパンデミック緊急対策予算のうちの約1%を、現在インターネットへのアクセスが無い人々にアクセスを提供することに投入することができれば、人間開発の後退の大きな歯止めになるということです。

参照:IMF | Fiscal Monitor – April 2020

パンデミック対策予算をどう配分するかという、各国政府の優先順位が問われることになります。

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