解説:大橋悠紀(コンサルタント)
京都府立大学卒、サセックス大学大学院修了
当サイトのトップページに掲載しているとおり、ユネスコの集計によれば6月14日の時点で今なお129ヵ国で全校休校措置が取られています。その一方、先日「データで見る世界の学校再開の現状」で報告したとおり、日本はじめとする一部の国で学校が再開、もしくは学校再開に向けた準備が進められています。
本サイトのイベントページでも既報のとおり、6月8日より、ユネスコ・ユニセフ・世界銀行が「学校再開のためのウェビナー(全5回)」を共同開催しています。今回の記事では、この第1回目のウェビナー(ウェブオンラインセミナー)の内容をお伝えしたいと思います。
参照:UNESCO|Joint UNESCO-UNICEF-World Bank webinar series on the reopening of schools
第1回目のテーマは、「新型コロナウイルス時代の学びについて」です。学校再開後に学びの継続を確かなものにするためのそれぞれの経験や知見を、国際機関、NGO、大学から下記の5人のパネリストが共有しました。各パネリストの主な発表内容を報告します。
1. 学校再開に向けた各国の準備
ユネスコ教育政策局局長 Mr. Gwang-Chol Chang
- ユネスコは、ユニセフと世界銀行と共同で休校に対する各国の対応について調査を実施した。
- 5月末時点の回答(99ヵ国)によると、90%近くの国が状況さえ許せばすぐに学校を再開すると回答している一方、全国レベルですでに学校を再開している国は7%にとどまっている。
- そのほか、半数以上の国で、特に中退するリスクのある子どもたち等を対象に、休校中の学びを補完もしくは補強する学習プログラムの準備を計画中であることが明らかになった。
参照 : UNESCO|Survey on National Education Response to Covid-19 School Closure – Due 12 June 2020
2. 一人ひとりのレベルにあった学習支援
インド最大規模の教育NGO Pratham CEO Ms. Rukmini Banerji
- インドでの活動経験を踏まえ、学校再開にあたり、まず子どもたち一人ひとりが学習の到達度においてどのレベルにいるのかを、適切に把握することが大切である。
- その上で、それぞれの子どもの到達度に合ったレベルで教えることが重要である。年齢や学年問わず、適切なレベルで教えることで、読み書き・計算といった基本的な能力を短期間で素早く身に付けることができる。
- また、この新型コロナウイルスによる混乱期においては、学校が再開してもカリキュラムが定めた能力をそのまま子どもたちに求めるのではなく、時間をかけて基本的な能力の再構築に焦点をあてることが重要である。
参照: Pratham|TEACHING AT THE RIGHT LEVEL
3. 学校再開における教員へサポート
世界銀行シニアエコノミスト Ms. Tara Beteille
- 学校再開にあたり、教員は3つの難局に直面している。それは、①不確実なことが多いストレス過多の環境、②子どもの学習面での遅れを学年相応のレベルまで回復させなければならないというプレッシャー、③このような新たな環境に教員が対応するための技術やリソースへのアクセスの欠如、である。
- このような問題に対応するため、世界銀行では、「教員の回復力」「教員教育」「テクノロジー」の3点を教員支援におけるキーワードとしている。具体的には、教員の仕事や給与の保証、カウンセラーの配置等による安心して働ける職場環境づくり、さらには、ICT(情報通信技術)活用能力や、学校再開時における子どもの学習レベルやニーズを適切に評価する力の育成を必要としている。
- また、基本的なこととして、教員がICT技術にアクセスできるようにすること、それらを活用するように促すことも重要である。
4. 不利な環境に置かれた子どもへの影響
ジョンズ·ホプキンズ大学 教育政策機関局長 Dr. David Steiner
- アメリカ国内でも、社会・経済的に困難な地域では、インターネットやハード・ソフトウェアにアクセスできる家庭の数が少なく、休校中にオンライン学習へのアクセスが制限されていることが問題になっている。このような家庭の子どもたちは、学校再開時、さらに不利な状況に追い込まれる。
- 教員は、オンライン学習にアクセスできる子とそうでない子など様々な状況の子どもたちに対応・指導をしなければならない、という難しさを抱えている。このような状況下、教員は最も不利な状況にいる子どもたちの学習レベルを適切に評価し、オンラインを含めたあらゆる手段で教えることが出来る能力を身に付ける必要がある。
5. 保護者や地域社会との協働
ユニセフ・ヨルダン事務所 教育専門家 Ms. Jane Courtney
- 新型コロナウイルスがもたらした学習危機への対応で得られた教訓の一つに、子どもの学習における保護者や地域社会の関わりの重要性が再認識されたことがある。
- 新型コロナウイルス危機下の教育を以前よりもより良いものにするためには、保護者との協働は不可欠である。
論考
それぞれの団体の活動場所や重点分野に違いはありますが、ほとんどの報告で共通して、まずは教員の雇用や身分・給与を確保すること、そして遠隔教育提供のためのリソースや技術支援・訓練を提供することの重要性が強調されています。
ユニセフが発表している「学校の再開ガイドライン(日本語)」では、①政策の改革、②資金の投入、③安全な学校運営、④学習の遅れを取り戻す、⑤弱い立場の子どもへの配慮、⑥子どもの心身の健康と保護、という6つの側面において学校再開準備の状況を分析・評価し、計画を立てる必要があると述べています。このように、学校再開には様々な準備が必要ですが、すでに学校が再開された国や地域の経験も参考にしながら、学校やコミュニティが置かれた実情に応じた準備を進めていくことが重要になります。
世界銀行の新型コロナウイルス対応における考え方として、「前よりも良い状態にする(Build back better)」という視点がウェビナー中で紹介されました。新型コロナウイルスによりもたらされた世界の学習危機は非常に深刻なものですが、この難局にうまく立ち向かうことは、指導法や評価、テクノロジー技術、財政、保護者や地域社会との連携といった、教育のあらゆる側面における改善を促す機会にもつながると思います。この境遇において、国や国際機関、教育機関、民間企業といった様々なアクターたちがこれまで以上に連携を進め、互いの知恵や経験を共有しながら協働していく必要があると感じています。
参照:
UNICEF|学校の再開に向けた新ガイドライン
THE WORLD BANK|The COVID-19 Pandemic: Shocks to Education and Policy Responses