バングラデシュ:子どもたちの今

解説:
福嶋祐子(アシスタント)
京都橘大学卒、JICA青年海外協力隊・バングラデシュ派遣、バングラデシュ在住
小澤バネッサ(コンサルタント)
ボルドー第3大学卒・大学大学院修了、ロンドン大学大学院IOE修了

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、バングラデシュ政府は3月18日より全国の就学前から高等教育までの学校を含む全ての教育機関を閉鎖しました。バングラデシュでは現在、約4千万人の児童および学生が自宅学習を強いられています。

バングラデシュ政府による休校中の遠隔教育提供の取り組み

バングラデシュでの休校措置は、これまでも様々な天災やストライキ等の政治的抗議活動の際にも講じられてきましたが、今回の休校措置では、バングラデシュ政府は学校閉鎖中における生徒の持続的な学習を確保するため、新しくテレビ、ラジオ、インターネット等を通した遠隔授業の配信を開始しています。

バングラデシュでは教育課程により監督機関が異なり、就学前、基礎教育、成人識字教育は初等大衆教育省(Ministry of Primary and Mass Education: MOPME)、中等・高等教育、技術教育、マドラサ教育(イスラム教に則った教育)は教育省(Ministry of Education: MOE) の管轄下となっていますが、両教育省共に、国営テレビ等を利用した遠隔授業の提供に取り組んでいます。小学生を対象とした教育番組「Gore Boshe Shikhi(ベンガル語で「家で学ぼう」の意)」が毎日朝9時から11時、中学生を対象とした「My School at My home」が、毎日朝9時から12時半に放送され、更に同一の番組を午後2時から5時まで再放映しています。しかし、これらの教育番組は1学年につき毎日20分間のため、十分な対策を講じているとは言い切れないのが現状です。また、バングラデシュ政府は初等・中等教育を主な対象としたオンラインプラットフォームを開設し、オンライン教材の配信に取り組んでいます。

参照:
DPE | COVID-19 Response and Recovery Plan Education Sector
ADADOLU Agency | Bangladesh: school lessons aired  amid COVID-19 pandemic

バングラデシュにおける遠隔教育実施の課題

バングラデシュ政府のこの様な迅速且つ新しい対応と取り組みは、評価されるべき点であると言えます。 UNICEFのウェブサイトには、教育テレビの放送を見ながら学習する子どもたちの様子が掲載されており、テレビ番組を活用して学ぶ子どもたちが取り上げられています。一方で、回答者の子どもたちは、テレビ番組について、内容の単調さや一方的な授業内容になってしまう点を指摘しており、今後も改善の余地があると考えられます。

参照: UNICEF | Students in Bangladesh adjust to remote learning via national TV during COVD-19 lockdown

BBCのメディアに関する報告書によると、同国におけるテレビの普及率は90%(2016年)と、ラジオ39%、パソコン16%に比べて高い普及率となっています。ケーブル・衛星テレビへのアクセスは、81%(2014年は42%)と急速な発展を遂げており、多くの国民が多様な情報にアクセスできる環境が整いつつあります。

参照: バングラデシュのメディアに関するBBC報告書

また、携帯電話の普及率は100%で、全国民が携帯電話を所有していることになる一方で、インターネット普及率は約15%(2017年)と、インターネットにアクセスできる国民はまだ限られています。

参照: 世界銀行ウェブサイト(2020年5月19日閲覧)

国連移住機関(IOM)の報告書によると、外出禁止期間中に、児童、生徒を含む約62万220人が首都ダッカ県を含む首都圏から地方に帰省していますが、地方の農村部でのインターネット接続状況は首都圏と比較して劣悪であると言われています。そのため、オンライン教材の利用が可能なのは、限られた数の子どもたちのみになってしまうと考えられます。

参照: 国際移住機関(IOM)| 新型コロナウイルス蔓延に伴うバングラデシュ国民の国内移動推移 

子どもたちの声

実際に筆者(福嶋)が現地の人に対して電話による家庭学習の状況に関してヒアリングを行った家庭でも、Wi-Fiは設備しているが、4月〜5月にかけては季節の変わり目で豪雨が多く、雨が降る度に停電になる地域も多くあるそうです。また、子どもたちからは、学校再開を望む声も聞かれました。以下はヒアリングで得た声です。

ナズムンさん(12歳)(マイメンシン県)

教育テレビ番組は、毎日楽しみに見ています。新型コロナウイルスによって、友達に会えなくなってしまって寂しいので、早く学校が始まってほしいです。今は断食月(イスラム教の宗教行事)で、日中はあまり何もしていませんが、私の母は小学校の教師なので、毎日夜ご飯の後に勉強を教えてくれています。

ラミアさん(10歳)(ジョソール県)

休校措置によって学習スピードが遅くなってしまい、あまり良い気分ではありません。学習内容に関する学校からの指示はなく、自分でシラバスを確認しながら勉強しています。テレビ番組で小学生向けの授業を放送していることは、いま初めて知りました。

ピタさん(14歳)(ラッシャヒ県)

学校の勉強は、私塾の先生がZOOMなどのオンライン授業を実施してくれるので、今はその授業を受けて補習しています。教育テレビ番組は、面白いですが、ホワイトボードが見えにくかったり、時間通りに始まらなかったり、もう少し真剣に取り組んでくれたらいいなと思います。学校が休みでも勉強はしなければいけないので、「休暇」という気分にはなれません。

国際連合人道問題調整事務所(OCHA)傘下「Needs Assessment Working Group BANGLADESH」の休校中の家庭での子供の教育状況に関する報告書によると、家庭で子どもへの継続的な教育支援を行っていない世帯が38%、遠隔授業に関する知識のない世帯が42%であったという回答が記載されており、バングラデシュにおける遠隔授業の難しさの実態として挙げられています。

参照: Needs Assessment Working Group BANGLADESH | 新型コロナウイルスによる各セクター別の影響に関する報告書

表1:休校中の家庭での子どもの教育状況に関する調査結果
質問回答率(世帯ごと)
学習の継続に関して学校からの定期的なコミュニケーションがない 60%
子どもたちへの継続的な教育支援行っていな 38%
遠隔授業に関して聞いたことがない 42%
就学中の子どもが自宅にいる

59%

(出典:Needs Assessment Working Group BANGLADESH)

南アジア全体の状況

バングラデシュを含む南アジアでは、現在、UNESCOの発表によると、約12億人の子供が新型コロナウイルス感染拡大の影響で学校へのアクセスを閉ざされています。

参照: UNESCO | COVID-19 Impact on Education

南アジア諸国の多くは、バングラデシュと同様に教育番組を国営テレビで放映し、家庭における継続的な学びを目的とした遠隔授業に取り組んでいます。しかしながら、南アジア全体におけるインターネットアクセス率は僅か33%である上、バングラデシュおよび南アジア全体における成人識字率は共に70%であり、読み書きができない親も少なくないのが現状です。

参照:
UNICEF | Urgent need to secure learning for children across South Asia
ユネスコ統計研究所ウェブサイト(2020年5月19日閲覧)

そのような中で、複数の南アジア諸国政府は、TVを含むオンライン教材へのアクセスの有無が原因となり生じる教育格差を防止する対策に取り組んでいます。ブータン政府は「Reach the Unreached」というスローガンの下、テレビで放映されている教育番組と同一の内容を紙面上にまとめた自己学習教材「Self-Instructional Materials」を開発しています。ネパールとアフガニスタンでも、学びの格差の緩和を目的とした、インターネットを必要としない教材を家庭へ直接配布する取り組みが行われています。

論考

インターネット環境の格差がより明白になり、SDGsに掲げられている「誰一人取り残さない」というキーワードが、現実的で身近な問題として私たち一人ひとりに問いかけられているように感じます。中・長期的に教育機関が閉鎖される可能性も考慮し、今後のバングラデシュの教育の在り方、より良い学びの形を現地の人とともに模索していきたいと思います。なお、YouTubeで配信されている理科の授業をプロジェクトのメンバーが実際に視聴したところ、現在進行中のプロジェクトの前フェーズで作成した教育パッケージ(Teaching Package)の内容が含まれており、プロジェクト終了後も、継続的に学習活動に貢献できていることは、弊社にとって大変嬉しい成果です。

 

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