解説:大橋悠紀(コンサルタント)
京都府立大学卒、サセックス大学大学院修了
本サイトのイベントページにも既報のとおり、6月8日より、ユネスコ・ユニセフ・世界銀行が「学校再開のためのウェビナー(全5回)」を共同開催しています。第1回目の内容に引き続き、今回は、第2回目「安全な学校運営」(6月11日開催)の内容をお伝えしたいと思います。4名のパネリストの主な発表内容は以下の通りです。
参照:UNESCO|Joint UNESCO-UNICEF-World Bank webinar series on the reopening of schools
1. 学校再開における新型コロナウイルス感染のリスク
ユニセフ 保健分野グローバルチーフ Mr. Stefan Swartling Peterson
- 子どもが新型コロナウイルスに感染したとしても、多くの場合、症状は軽い。例えば、大規模な市中感染が起きたフランスでも、感染のため入院した子どもの数は100名以下、集中治療が必要な子どもは30名であった(フランス小児科学会の報告)。
- 新型コロナウイルスに感染した子どもは大人にうつしやすい、と考えられていたが、実際は大人の方が子どもにうつしやすい(オーストラリアとスウェーデンの研究)。
- 既に学校を再開した20ヵ国のうち、3ヵ国(マダガスカル、チェコ、ベトナム)を除き、学校再開後の新規感染者数の増減はほとんど変化がないか、もしくは減少している。ただし地域レベルで見ると、ソウルのように、学校再開後に新規感染者が増加したケースもある。
- 休校が長引くと、子どもの心身の健康に与える負の影響が大きい。不安や極度のストレスは、認知能力の発達を損なう上、世界的に暴力やいじめ、10代の妊娠が増えている。
参照 : Center for Global Development | Back to School? Tracking COVID Cases as Schools Reopen
2. 学校再開に向けた実践
セーブ・ザ・チルドレン 学校安全アドバイザー Ms. Elyse Leonard / ネパール事務所 教育アドバイザー Ms. Laxmi Paudyal
- セーブ・ザ・チルドレンは、学校再開後の安全な学校運営のために現場レベルで必要な行動について、「安全な学校再開-実践者のためのガイド(英語)」を作成した。このガイドは、これまでにユニセフ等が発表している「学校再開ガイドライン(英語)」に基づいており、現場で必要となる具体的行動をまとめている。
- ガイドの前半部は、学校再開前と後に必要になる最低限の行動について、分野ごとにチェックリストとしてまとめている。
- ガイドの後半部は、学校管理職や運営者が活用できる行動チェックリストとなっている。
3. 学校再開に向けた準備 – セネガルの事例 –
ユニセフ・セネガル事務所 教育チーフ Mr. Matthias Lansard
- セネガルでは3/15より休校が続いている(6/11現在)。
- 学校再開は、国家試験をひかえた学年を優先し、順次、他の学年も再開していく予定。
- 休校による影響で、学校暦の延長、国家試験の延期、試験対策授業の実施、試験のない学年の自動進級などを実施。
- 休校中の学習を補うため、遠隔教育プログラムを開発し、テレビやラジオで配信。
- 学校再開後の安全な学校運営のために、政府・地域・民間セクター・開発ドナーに対し、清潔な水やトイレ、手洗い場、マスク、体温計等、必要な設備・物品の整備や配布を要請し、一部地域では支援が実施されている。
- 学校再開までに教員が学校に戻れるよう、教員のための交通手段確保や州間の移動制限解除を行っている。
参照:
OCHA|UNICEF Senegal: COVID-19 Situation Report – #04 (17April-8May 2020)
OCHA|UNICEF Senegal: COVID-19 Situation Report – #05 (8-29May 2020)
4. 学校再開のための現場での準備
ユニセフ 非常時における教育 Ms. Lisa Bender
- ユニセフは「学校における新型コロナウイルス予防とコントロールのためのガイドライン(英語)」を作成している。
- このガイドラインには、学校管理職・教員、保護者・地域の人、児童・生徒のそれぞれに向けて、学校生活において新型コロナウイルスから身を守るための行動指針やチェックリストが掲載されている。
- 安全な学校運営のためのポイントは、あらゆる場面で、「量」と「接近」を減らすことである。例えば「量」の削減は、学年別や地域別による学校再開、対面授業と家庭学習の併用、登校日の削減など。「接近」の削減は、学年別の登下校、集会の中止、食堂でなく教室で昼食をとるなど。
- 世界保健機関(WHO)も、学校での公衆衛生対策をまとめたガイドライン(英語)を発表している。
- 安全な学校再開のために、多くの国で独自の政策や対策を実行しているが、鍵となるのは「調整」と「コミュニケーション」である。(例:シエラレオネでは、教育省や開発ドナー等からなるタスクフォースを立ち上げた。タイでは、安全な学校運営に必要な知識・技術を教育関係者が共有し身に付けられるよう、学習プラットフォームを立ち上げた。)
- その他、安全な学校運営に役立つガイドラインが紹介された(以下参照)。
参照:
UNICEF|FIELD GUIDE: The Three Star Approach for WASH in Schools (学校の衛生環境改善のためのガイドライン)
Fit For School|Scaling up Group Handwashing in Schools(学校での手洗い設備整備のための概要。国ごとの事例あり。)
End Violence Against Children|Reopening Schools Safely: Recommendations for building back better to end violence against children in and through schools (学齢期の子どもをあらゆる暴力から守るための推奨事項)
論考
最初のPeterson氏の発表で、すでに学校を再開した多くの国で、新型コロナウイルスの新規感染者数は増えていないというデータが紹介されましたが、そのほとんどが先進国である点には注意が必要です。途上国の場合、きれいな水や石鹸、トイレや手洗い場など、安全な学校運営に必要な基本的リソースが整備されていない上、子どもの安全を見守る教員や学校職員も不足している可能性があります。地方ではより事態が深刻でしょうから、学校再開の状況や新規感染者数の動向を一括りにせず、学校やコミュニティが置かれた状況に応じた準備を進める必要があります。
安全な学校運営のために必要な具体的な実践に関しては、本セミナーでも紹介されたとおり、複数の機関が具体的な行動指針を示したガイドラインを作成しています。国や地域の状況は様々であるものの、こうしたガイドラインや他国の実践は、現場での対策の参考になると思います。
日本では、ほとんどの自治体で6月上旬から学校が再開されました。これは世界的に見て、早い方だと思います。3月末、文部科学省が教育活動再開に関する通知及びガイドラインを出し、各都道府県や学校レベルでも独自のルールを設定しながら、学校を再開させています。再開後まだ1ヵ月足らずですが、筆者が個人的に連絡を取っている現場の教員からは、「放課後の消毒・清掃作業が教員の負担になっている」(小学校/中学校)、「新型コロナウイルス対策に時間と労力を取られ、今後、子どものようすをみたり、心のケアをしたりする時間がとれなくなるのではと心配」(小学校)といった声が聞こえています。感染対策をしながらも、継続的に学校を運営していく仕組みづくりも大切なようです。今後も引き続き、学校再開に関する世界の情報や事例を収集・研究し、発信していきたいと思います。
参照:文部科学省|学校における新型コロナウイルス感染症に関する衛生管理マニュアル~「学校の新しい生活様式」~ (2020.6.16 Ver.2)